the ruins of a castle


 それは、深い…まぁそこそこ深い地の底。
 ぽこぽこという水の中に溶け込む空気の音が響いている。
悪の秘密結社に相応しい雰囲気ではあったが、人の気配はしない。
 壁かなにかに貼りついていて声優さんが声だけあてているような大幹部の姿も、ちょっと色っぽくて露出たっぷりの女幹部も、脳みそが筋肉で1クール位にはニヒルな中途採用者に席を奪われてしまうであろう幹部も、一山百円の部下達ももちろんいない。
 明かりでもつけば、どんな様子かわかるのだろうが、此処に人が足を踏み入れるのはもう少しだけ後のこと。



 アーデルハイド城にお勤めの兵士。この場合は個人データ保護法適用においてAさんとします。Aさんは、いつものように城内を警備していました。
 そこに、最初は金髪の女の子と初老の紳士が通りかかります。  その紳士はAさんを見ると深々とお辞儀をしたのでAさんの会釈しました。しかし、頭を上げたときには二人に姿はなかったのです。首を捻っていると、そこにザックさんとロディさんが通りかかります。しかし、彼らもAさんが目を放した僅かな時間で姿を消してしまったのです。こうなってくると、さすがにAさんも不安な思いにかられます。
 壁を叩いたり、蹴ったりしてみましたが変なところはありません。
 そう言えば、ここら辺は床から物音がするという恐怖体験の場所ではありませんか。
 怖くなったAさんが、立ち去ろうとした時です。
「あ〜〜う〜〜ら〜〜〜」
 切れ切れの声が、何処からか響いてきたのです。それは、途絶える事なく大きくなってくるのです。そして、それが自分の直ぐ後ろから聞こえてきた時Aさんの意識は途切れていました。




「…という苦情が出ておりますが。」
 大臣にそう言われて、セシリアは頭を抱えた。 「そうですか。では、お見舞いを送っておいていただけますか? 私も用がありますのでち
ょっと出掛けてまいりますから。」
「どちらへ?」
 特に問い詰められたわけでもなかったのだが、セシリアはギクリと顔を引きつらせた。
「城内から出るわけではありませんわ。」

 公女としてのにこやかな笑顔を貼りつかせてセリシアは執務室を出た。
「全く一言くらい抗議させて頂いても罰はあたらないですわよね。」
 大切な兵士を労災(あるのか!?)が必要な事態にまで追い込んでしまったのですから。
 気分的なものもあり、勢いセシリアの足は速くなる。
 秘密の通路まで、もう少しというところで警備兵とすれ違った。
「セシリア様どちらへ?」
「はい、少し調べ物がありまして…。」
 セシリアはそう答えると、兵士が横を向いている隙に通路の中に入り込んだ。
さて、と歩き出そうとした彼女に耳に悲鳴が聞こてくる。
「セセセセ、セシリア様が消えた〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
 彼は二人目の犠牲者という事になってしまったらしい。
『これも全てエマ博士のせいですわ。ええ、そうに違いありませんとも。』
少しばかりの良心の呵責に、そう言い訳をすると彼女は仲間達が待つ、秘密のミーティングルームへと向かった。



「いらっしゃいませ。セシリアさん。」
「まぁ、アウラさんお元気でしたか?」
 戸口を入ると、メイドコスのアウラがにっこりとセシリアに微笑んだ。
 彼女は黒色のワンピースに白いエプロン。白いタイツに黒い靴。頭には、キャップ(?)まで付けている。いわるゆるひとつの萌えキャラであろうか?
「あの…その格好は?」
「皆さんにお茶をお出ししてるんです。セシリアさんは、ハーブティがよろしいですか?」
「ええ。」
「では、お待ちくださいね。」
 スカートがヒラリと翻ると、その裾からフリルがフワリと見え隠れする。
 完全に見えるでもなく、かといって見えないわけでもない。(ポイントを抑えた丈とコメントしておこう。)
 両手に丸めた紙を幾つも抱えた魔族が、鼻の下を伸ばしてその様子に見入っている。
『オカシイオカシイとは思っていましたけれど…今日はまた格別ですわね。』
 セシリアは、頬に手を添えて溜息をついた。
『ま、確かにアウラさんお似合いですわ。随分お可愛らしいですもの。仕方ありませんわね。』
 恋心か、はたまた萌心か。十分に堪能状態の魔族にセシリアは心の中でそう呟いた。

「こっち開いてるわよ!」
 偉そうに、カップを傾けていたジェーンがセシリアを呼んだ。横の席が開いている。腰掛けようとすると、すっと椅子を引かれる。有能な執事の動きに無駄は無い。
「どうぞ。セシリア様。」
「ありがとう、マクダレンさん。ジェーンさんもお久しぶりですわね。この間はご連絡を頂いてありがとうございます。」
「結局、呼びつけられるなら最初から合流すれば良かったわよ。正義の味方ごっこは嫌いだって言うのに。」
 唇を尖らせる少女に、苦笑いをしながらセシリアは頭を下げた。
「お手数をお掛けして申し訳ありません。」
「いいわよ。退屈はしないわ。」
 にやりっと不適に笑うジェーンはあまりにも彼女らしくて、セシリアからも笑みが零れた。

「お待たせいたしました。」
 さわやかな香りと共に、ティーカップが置かれる。
「ありがとう。本当に良い香りですわね。」
 セシリアの言葉に、アウラは両手でトレイを抑えながら、前屈みになって微笑んだ。
 運の悪い(良い?)事にそれはゼットの真正面。
 小首を傾げる彼女の様子を正面から直視してしまった魔族が大きく仰け反った。
 隣に座っていたザックがぎょっと目を剥く。そして、鼻を両手で押さえたまま、元通りに椅子に座る。
「……………おまえ…………はなぢ?…。」
 ひきつった顔のまま、ザックはゼットに問い掛けた。
くるりとゼットの顔がザックに向く。そして、ふがふがと何かを言いながら手にした紙束をザックに手渡し、洗面台へと走り去る。カップを手にしたまま、セシリアは問う。
「あの、ゼットさんは…?」
 両手で紙束を抱えてザックは言いたくなさそうに口ごもった。
「…ポスターが汚れるから手を洗ってくるって…折ったら殺すだとよ…。ちなみに一枚は観賞用、一枚は保存用、そしてもう一枚は非…。」「もう結構です!」
 ザックの答えを遮り、セシリアは紅茶を飲み干した。
 それが誰のポスターなのか…などと絶対知りたくないと心から思いながら。

「はいはい、楽しそうだけどそろそろ本題に入りましょうね。」  奥の扉から、靴音も高く出てきたエマ博士は手を叩きながら上座へと座る。
「まだ、ゼット様が、洗面台からお帰りになっていらっしゃらないようですが。よろしいのですかな?」
 丁重なマクダレンの言葉に、エマは「あんなもんでも頭数のうちだからね。」とのたまうと、
「助手〜!」と自分が出てきた扉に呼びかけた。
 そこから、助手よばわりされて出てきたのは詰襟姿のロディ。頭には学生帽。足元には白い運動靴が光り、胸には名札まで付けられている。 ぴかぴかの高校一年生である。(年齢的に) 「エマ博士〜助手はいんですが、どうしてこれを着ないといけないんでしょうか?」
 首周りをきっちりと留められて、窮屈そうにそこに指を入れている。
「助手といえば書生!書生といえば学生服!これで決まりよ!」  満足そうに頷くエマに、お前はいったい何時の生まれだよ。という熱い視線が注がれるなか、セシリアは、アウラにメイド服を  チョイスしたのが誰なのか確信を持った。
『エマ博士はどうしてあんなものをお持ちなのでしょうか…。それも一式ひと揃え。まさか、ご、ご自分で着られるのでしょうか!?。何処かのイベントで…いえ、そんな、そもそも、この数々の衣装はこのアーデルハイド城の地下深くに隠されているのですか?…私は、この城の公女としてこの事実を黙認していていいのでしょうか!?。』
 冷や汗とともに溢れ出す疑問に、セシリアの思考もそろそろ怪しい。
 そして彼女が出した結論はこうだ。
『ともかく、ロディは何を着ても良く似合いますわ。』

 ほどなく洗面所を血で染めていたゼットが席に戻され、会議は始まった。
 もう一人の助手は言わずと知れたニコラだったが、こちらは羽織袴の七五三状態。ジェーンの怒りとマグダレンの涙を誘う。
 しかし、会議の中味は至極真剣だったことが場の違和感を盛り上げていた。


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